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「心の傷、死ぬまで」=「父の最期」追い続け―拉致事件遺族の仮谷実さん

2018-07-27 14:47

「死刑執行は小さな区切り。心の傷は死ぬまで治らない」。オウム真理教による目黒公証役場事務長拉致事件で亡くなった仮谷清志さん=当時(68)=の長男実さん(58)は23年間、「父の最期を知りたい」との一心で真相を追い続けてきた。
清志さんは1995年2月、オウム信者だった妹の居場所を聞き出そうとした教団の元幹部らに東京都内の路上で拉致された。
実さんは当時35歳で、妻子と共に清志さんと同居。教団施設から逃げ出した清志さんの妹が数日前、自宅に助けを求めに来ていた。「妹には悪いが出て行ってもらう。家族を守らなければいけないから」。清志さんと交わした言葉が今も耳に残っている。
警察は翌3月、教団施設への家宅捜索を行ったが、清志さんは見つからなかった。逮捕された中川智正元死刑囚(55)が「目を離した隙に死んでいた」と供述し、遺体は粉になるまで焼かれたことを捜査員から知らされた。「そこまでするのか」と衝撃を受けた。
公判で、清志さんは麻酔薬の大量投与が原因で死亡したと認定され、元幹部らは逮捕監禁致死罪で有罪が確定した。だが、「殺人」ではなかったかとの思いが拭えない。
事件に関わった元幹部ら12人を相手に民事訴訟を起こし、中川元死刑囚とは拘置所で5回、面会を重ねた。2014年には、平田信受刑者(53)の裁判員裁判に、オウム事件で初めて被害者参加し、「父の死因を聞いていないか」と直接尋ねた。
今年1月、オウム事件の全ての裁判が終結。「自分ができる限りのこと、やるべきことはやった」と達成感を抱いた。
清志さんの遺骨の粉が流された山梨県の本栖湖には、毎年慰霊に訪れていたが、昨年区切りを付けたという。最愛の父を突然失った日から、20年以上がたっていた。
[時事通信社]

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